「『ひなた』について、」製作・運営委員会 2010-2019 

CHRONOLOGIES 出演作品

Introduction

AV作品に於いて、外装にタイトルにも勝る大型フォントで名前が冠され、自身のネームバリューのみで作品の訴求たり得る単体女優は、コンスタントな作品リリースを持ち、その都度ウェブや専門誌など様々な媒体で大々的に発売告知が慣行される。 一方で「企画女優」といわれる者は、主にオムニバス作品の一編やノンクレジット出演を担い、スター女優に匹敵、あるいはそれをはるかに陵駕する作品数を持つ者でもその存在は概ね見逃されがちである。

AV享受者の多くが視聴にあたり執心するのは第一に出演女優の容姿であり、玉石混淆著しい作品群にあって、主演者の佳麗さを前面に掲げた単体女優作品にセールスが傾倒することは自明の理であろう。対してパッケージから出演者の詳細確認さえ儘ならず、各レーベルが包含する流儀・特質が把握しかねる企画作品は、見かけの訴求面で既に劣勢にあり、加えて偏向したフェティシズムや、ストレートな男女の性交描写無しに特異な性的嗜好を孕む異ベクトル作品の混在、内容を謳う冗長とも思える説明文的タイトル等、捉えどころの無い印象は否めず、無難な作品選択へ固着するライトユーザーからは敬遠され視聴者を限定しがちだ。

幾つかの大手ECサイトのアダルトカテゴリーに於いても、作品ランキングで上位を占めるものの多くは、ジャケットで出演女優の妖艶な姿態や名前をアイキャッチャとしたものであり、併設された女優の人気順位項では作品ランキングと相似した面々が大半を占拠している。

順位一覧に列挙されたパッケージサムネイルを瞥見すれば、女優の容姿的「質」こそが作品選択に不可欠な第一義的要素であることは歴然としている。しかし、女優の端麗な容姿頼みで本編の内容は概して荒唐無稽、空疎かつ粗略になりがちな単体女優作品に対し、多くが物語性やドキュメンタリー的要素を有した所産である企画作品は、その内容の特質や斬新さに於いて単体女優作を凌駕し、視聴者をリビドーに導くプロットの連鎖的構成、牽引力に長けるものが少なくない。

そこに息吹く役回りを熟す為に選定・起用される企画作品出演者は、作品の要でありながらも恒常的に未詳性・無名性を求められるが、独自の存在感を放つ一部の企画女優は、その傑出した素材性から視聴者や制作者に支持・重用されてゆく。嘗て「企画作品」として括られるものは出演女優の容姿水準で単体女優作品に遠く及ばないことから、視聴者から軽視される傾向にあったようだが、明確だった単体/企画女優との形姿レヴェルの乖離は、大手メーカーの作品を観るかぎり既に消失し、作品中には瞠目すべき色香・魅力を持つ者が数多く伏在し妍を競う。
多くの無名女優の作品一覧、女優の改名・別名義での活動履歴を記したウェブサイトの登場も、こうした「正体不明」の女優の質的向上に起因すると考えられ、彼女らに魅了され、拾集困難な個々のプロフィールを欲する視聴者の渇求に応じるものだろう。

1メーカーとの単独契約等の縛りを持たぬ企画女優は、オファーさえ得られれば条理的には女優側の意向次第で相当数の作品出演が可能となるが、AV女優が現役中に出演する作品数はまさに千差万別であり、年間300本を超える出演作品数を持つかつての人気女優・朝河蘭のような突出した例もある一方、僅か数作、中には1作のみで消えてゆく短命女優も稀ではない。撮影自体が精神的・肉体的消耗を伴うものであるはずで、殆ど初対面の相手との性交渉を繰り返し持つという特異な職分は、長期に及ぶモチベーション維持が難しいと推察され、数ヶ月程度の短期間活動で退く女優が多いのもこの苦役への耐性が持てないことに一因があると思われる。
 

こうしたAV女優の奥底や胸中の披瀝は、書籍・中村淳彦氏著「名前のない女たち」シリーズに詳しい。そこには多くの女優達の心底の吐露が詳細に綴られているが、極貧生活や肉親との不和など、波乱含みのドラマチックな事例を敢えて選取したかと訝られるほど、社会的・家庭的在処の喪失者による証言が列記されている。勧誘を深思せぬままの出演受諾や学生の軽躁なアルバイト的思惑から、或いは他に生業を持つ者の余得獲得手段としての就労等、AVに足を踏み入れる動機やデビュー以降の経緯は各人様々であるが、上述の著作等を通読するにつけ、撮影に臨むたびに心身を摩滅し、葛藤や鬱屈に陥る者も多いことが判る。

作品の多さ=人気女優という解釈は謬見ではないにせよ、短絡的に作品数の多少で女優の認知度や優劣を測ることは必ずしも妥当とはいえず、出演作は僅少であっても、その求心力や作品の希少性から爆発的な人気を獲得することがある。私生活の保守・優先、本務との両立等から女優が自ら活動に抑制を課す場合もあろう。「ひなた」と活動時期をほぼ同じくする「篠めぐみ」や「大沢美加」らが短期間で成した怒濤の如き出演ペースは、需要と本人の意欲が合致した結果によるものといえる。

「ひなた」は同時期に活動した同系列の女優らと比較しても、決して突出した存在であるとは言い難く、単体出演作もあるとはいえ、その多くは毎回女優一名を収載するフォーマットから成るシリーズ作品への簡抜起用に過ぎず、彼女ありきで製作されたものではない。知名度的にもあくまでオムニバス作品の一旦を担う凡庸な女優の域を出ておらず、矢継ぎ早の新作リリースや個人の既発タイトルをダイジェスト収録した作品集の類いも持たない。

次頁から掲げたタイトルは現状で明確となった彼女の二期にわたる(ひなた/森山茜の両名義)出演作一覧である。出演作品数は決して多くはないものの、映像から感受される表現者としての資質や、作中で垣間みられる挙措から顕れる情調は、並居る著名女優にも優るものだろう。

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